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では、「聞き上手」と「そうでない人々」の境界線はどこにあるのだろうか。

2500年前、孔子という魯の国に生まれた思想家がいた。孔子は大変な実務家であったので、「処世術」に掛けて彼の右に出るものはいない。

その彼が次のような言葉を残している。

"道同じからざれば、相為(あいため)に謀(はか)らず。"

現代文の意味は、「そもそも、価値観が違えば、話し合うのはムダだよ」という意味だ。

「聞き上手」かどうかはこれを理解しているかどうかに尽きる。

人から聞く物事には必ず、「事実」とセットで「判断」が添えられる。

事実⇒判断

「今日、こんなことがあった」⇒「だから私はこう思う」

「今、こういう状況だ」⇒「私はこうしたい」

そして、「判断」の部分については価値観が異なれば、話は平行線、もしくは論争となる。

だから、「聞き上手」は、判断の部分について、私情を挟まない。 小手先のテクニックでなく、「相手の価値観を尊重する」、「自分と考え方の違う人を認める」ことだ。

「だから私はこう思う」についての判断を保留し、一旦自分で咀嚼する。そして、相手の価値観に合った発言ができれば発言し、そうでなければ相槌を打つにとどめる。

これが「聞き上手」の人々が行っている行動だ。

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- 「聞き上手」とはどのような人か http://huff.to/VZU644

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「だから言ってるだろう。ぼくはもう努力なんてしたくないんだ」

「それが二つ目の勘違い。努力なんてしなくていい」

「は?」

「だから、努力なんてしないほうがいいんだよ。努力がつらいのは、やりたくないことをやるからだ。やる価値がわからないものを、やらされるからだ。そういう努力なら、やらなくていいよ」

無駄な苦労を尊ぶ風潮が、息苦しい社畜文化を作ってきた。

「さっき話に出てきたPixivだけど、ランキング上位の常連の人たちってすごいよ。たとえば商業で活躍している人なら、月に何十枚も……人によっては1日1枚以上のペースで仕事をこなしつつ、たまの休日にもラクガキをしている。描くのをやめられないんだ。当然、誰にでも真似できることじゃない。誰にも真似できないからこそ、仕事になっている」

人よりもたくさん描いているから上達し、上手いからこそ仕事が来て、さらにたくさんの絵を描くことになる。いい循環ができているのだ。

「そんな特別な人の例を出されても……」

彼は苦笑した。

私も苦笑を返す。

成功している人を“特別な人”と考えているうちは、その人のようにはなれない。自分と違う人種だと考えているうちは、絶対に成功なんてできない。同じヒトという生き物でありながら、どうしてこんな違いが生まれたのか。そちらに目を向けるべきだ。

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- 「そんなの知らないよ」と彼女は - デマこいてんじゃねえ! (via snaclip)

(via gkojax-text)

"格闘技のジムとか取材してて、指導者がよく言われるのが「プロ志望です」と入ってきた子ほどすぐ辞めるらしい。趣味でコツコツやってる子のほうが、楽しみながらやるから長続きして、気が付くとプロになってたりすると。漫画も同じかと。結果が出なくても、楽しんでれば誰かに文句を言う事も無い。"

- Twitter / hiroki_endo (via katoyuu)

(via gkojax-text)

" 日本人の思考っていうのは非常に難解だとこちらで言われますが、それはアメリカが各論文化なのではないかと思います。彼らは事例を区切って考えられる。だから答えが出せるわけです。
 子どもの頃から劣悪な環境で育った少年が、青年になり犯罪を犯した事例があります。これに対して、誰が悪いのかという質問がありました。
 アメリカ人はその多くが少年が悪いと答えました。日本では、環境が悪いと答えた人が多かったそうです。
 区切って、それに対して答えを出す。だからアメリカ人は意見がぼんぼん出ます。ただし深くはない事が多い。それが及ぼす周りへの影響があまり考慮されていないからです。この思考が、戦時には恐ろしい作用をもたらします。絶対正義のアメリカという思考もここに由来すると思われます。
 広い関係性を見る日本人ですから、森羅万象、世の中の一部が我々だと捉えていますから答えが出るはずがありません。意見を言えば、必ず何か矛盾をはらむからです。私が考えている世の中とは、今考えている私も含む。ジョージソロスに言わせるとこうなってしまいます。意見とはそういうもの、完全な意見など存在しません。反論できない意見など存在しません。
 であれば黙して語らず見ず動かずの方が、少なくとも矛盾しないので、安心ではあります。
 実は以前私の中で大きな壁がありまして、それによってブログに言いたい事を言っていない時期がありました。それはなにかと言いますと、正しい事を言いたいという欲求でした。しかも誰から見ても正しい事です。
 
 ちょっと考えれば正しい事など存在しない事など子どもでも分かる話ですが、当時の私はそういうものがあると信じていました。理由はともあれ、ある日それがぱりんと壊れ、それからは思った事をなんのフィルターもかけずに書いています。書き捨てがブログの正しいあり方だと今は思っています。
 『偏りなど存じ上げた上で申し上げます』
 意見ってのは所詮こういうところは避けて通れません。偏ってなどいないという事は、傲慢であるか、もしくは自分の本当の意見を他人の目によってねじ曲げる事につながります。偏りは個性でもあります。"

- 為末大 思考の癖 | Athlete Society Portal
http://www.athletesociety.org/archives/5941

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人は歳をとると個人史を一般論化しだす

(中略)

世の中の著者と呼ばれる人たちはみんな相当ズレていて、そのズレ具合に対して読者がついて商品になっているんですよね。
 ただ著者自身は意外とその自覚がなくて、自分の話は一般論だと思っている人が結構多いんです。

(中略)

自分が歳をとって思うことは、「多くの人は歳をとればとるほど、世間が狭くなる」ということです。人は歳を取ればとるほど同じものしか見なくなるから、どんどん幼稚になって世間が狭くなっていく。それなのに、その狭い世間で一般論を語ってしまう。

(中略)

歳をとると自分の好きなモノや人だけ残して、苦手なモノや嫌いなモノはどんどん捨てていきますよね。そうなると自分が捨てたモノは見なくてすむし、なかったことになってしまう。

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- キモい男、ウザい女。|cakes(ケイクス)https://cakes.mu/posts/6469

tofubeats:

そりゃそうよ / DJやついいちろう feat.tofubeats(short ver.) (by Victor Entertainment)

"大学では魂を揺さぶられるようなことが沢山あったけど、特に、哲学で「意識の根源」について語っていた教授が突然「分からなくなってきた」と言ってそのまま出て行ったのは最高にロックだった。"

- Twitter / transparent7 (via highlandvalley)

(Source: katoyuu, via kotoripiyopiyo)

"こちにんは みさなん おんげき ですか?  わしたは げんき です。 この ぶんょしう は いりぎす の ケブンッリジ だがいく の けゅきんう の けっか にんんげは たごんを にしんき する ときに その さしいょ と さいご の もさじえ あいてっれば じばんゅん は めくちちゃゃ でも ちんゃと よめる という けゅきんう に もづいとて わざと もじの じんばゅん を いかれえて あまりす。 どでうす? ちんゃと よゃちめう でしょ?"

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ひらがなせいかつ への いざない - ぼんやりと考えたこと

よめるー。

(via masakick)

よめたー!

(via yamato)

こりゃすごい。

(via officek3)

rusaman:

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